2020年10月31日
ハロウィーン・ブルームーン
posted by 里実福太朗 at 23:03
| ■里ふくろう通信
2020年10月29日
2回目の渋谷は?
前回渋谷に行ったのは9月29日のこと、それからほぼ1ヶ月が経ち、写真展(東京好奇心 2020 渋谷)を観るために再び渋谷に行ってきた。利用した交通機関、写真展会場へ行く道順は前回と同じ、ただ車内も渋谷の街も前回より人が多いように感じた。
スクランブル交差点を人混みはこの程度。前回昼食をとったスタバも混んでいたから、テイクアウトして近くの交差点脇のスペースを利用した。
写真展会場は前回の「ソールライター展」より空いていて、ゆっくり見て回ることができた。ただ会場内には腰をかけるソファーなどはまったくなく、観覧者に対する配慮に欠けていると思った。
タイトル「東京好奇心 2020 渋谷」に「渋谷」文字が入っていたから、渋谷の写真が中心となっているのだろうと思っていたが、新旧の東京全般を撮影した写真だった、ちょっと残念。
10月31日はハロウィーン、例年通りであれば街は仮装した人たちであふれかえるのだろうが、今年は新型コロナの感染が危惧されるため、いたる所に次のようなフラッグが掲示されていた。
スクランブル交差点を人混みはこの程度。前回昼食をとったスタバも混んでいたから、テイクアウトして近くの交差点脇のスペースを利用した。
写真展会場は前回の「ソールライター展」より空いていて、ゆっくり見て回ることができた。ただ会場内には腰をかけるソファーなどはまったくなく、観覧者に対する配慮に欠けていると思った。
タイトル「東京好奇心 2020 渋谷」に「渋谷」文字が入っていたから、渋谷の写真が中心となっているのだろうと思っていたが、新旧の東京全般を撮影した写真だった、ちょっと残念。
10月31日はハロウィーン、例年通りであれば街は仮装した人たちであふれかえるのだろうが、今年は新型コロナの感染が危惧されるため、いたる所に次のようなフラッグが掲示されていた。
posted by 里実福太朗 at 23:06
| ■里ふくろう通信
2020年10月27日
メスのカマキリに食べられるオス
カマキリはメスがオスを食べるという話は聞いたことがあったが、実際にその場面を見たのは初めてのことだった。駐車スペースのコンクリートの上で繰り広げられた惨劇(カマキリにとっては自然の営為なのだろうが)を見つけたのは夫人だった。
視聴注意!
(次の動画は、人によっては残酷さを感じるかもしれません)
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
クワバラ桑原……カマキリに生まれなくてよかった。
視聴注意!
(次の動画は、人によっては残酷さを感じるかもしれません)
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
クワバラ桑原……カマキリに生まれなくてよかった。
posted by 里実福太朗 at 23:54
| ■里ふくろう通信
2020年10月26日
2020年10月22日
消えた二匹のネコ
アユはいわゆる「さびネコ」、出会ったときから警戒心はまったくなかった。ハチが不忍池のほとりに姿を現す前からいた古顔で、ハチよりは年上だったが、ハチの方が先に旅立ってしまった。
聞いた話だが、昔、ハチがアユを見初めてちょっかいを出したのだが、アユは全く相手にしなかったそうだ。ハチのまだ若かったころの話だ。
ギャーちゃんは、流浪のネコだった。当方がまだ上野通いを始めていなかったころ、ギャーちゃんはチャッカリ動物園の中に住み着き、エサをもらうときだけ不忍門近くにやってきて、くれくれと大声でギャーギャーないたそうだ。それで「ギャー」と名付けられた。
その後、不忍池のほとりを反時計回りに流れ流れて、最後にたどり着いたのがハチたちが暮らしていた場所だった。その旅の途中で、ナナという若い雌ネコといい仲となり、子供をもうけた。その頃は、ナナもギャーも手術を受けていなかった。
その頃のギャーちゃんは警戒心が強く、ちょっと近づくとすぐ逃げてしまった。しがし年月を経て、ハチのいる場所で暮らすようになってからは、警戒心は徐々に薄れ、近年では体に触れることができるまでに慣れてきていた。
ハチの存命中は、ハチのことを「兄貴」と慕っていた(たぶん)。ハチの方は嫌がっているふうだったけれどね。
ギャーちゃんのニャン生をかなりはしょって振り返ってみたが、このギャーちゃんを含めて、ハチの物語の続編を作りたいと思っているのだが、なかなか実現することができなiい。そろそろ取りかからないと、日の目を見ずに投げ出してしまうかもしれない、と焦る気持ちは年ごとに増してくるのだが……
聞いた話だが、昔、ハチがアユを見初めてちょっかいを出したのだが、アユは全く相手にしなかったそうだ。ハチのまだ若かったころの話だ。
ギャーちゃんは、流浪のネコだった。当方がまだ上野通いを始めていなかったころ、ギャーちゃんはチャッカリ動物園の中に住み着き、エサをもらうときだけ不忍門近くにやってきて、くれくれと大声でギャーギャーないたそうだ。それで「ギャー」と名付けられた。
その後、不忍池のほとりを反時計回りに流れ流れて、最後にたどり着いたのがハチたちが暮らしていた場所だった。その旅の途中で、ナナという若い雌ネコといい仲となり、子供をもうけた。その頃は、ナナもギャーも手術を受けていなかった。
その頃のギャーちゃんは警戒心が強く、ちょっと近づくとすぐ逃げてしまった。しがし年月を経て、ハチのいる場所で暮らすようになってからは、警戒心は徐々に薄れ、近年では体に触れることができるまでに慣れてきていた。
ハチの存命中は、ハチのことを「兄貴」と慕っていた(たぶん)。ハチの方は嫌がっているふうだったけれどね。
ギャーちゃんのニャン生をかなりはしょって振り返ってみたが、このギャーちゃんを含めて、ハチの物語の続編を作りたいと思っているのだが、なかなか実現することができなiい。そろそろ取りかからないと、日の目を見ずに投げ出してしまうかもしれない、と焦る気持ちは年ごとに増してくるのだが……
posted by 里実福太朗 at 23:45
| ■里ふくろう通信