2014年09月26日

不忍池_大黒天堂横の焼却炉

不忍池_弁天島の大黒天堂近くで子猫の写真を撮っているときに、あることに気がついた。鉄柵内に焼却炉が見えたのだ。赤茶けた色をしているが、はき出し口に白い灰が残っている。まだ使っているということなのだろう。

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かなり以前から、ダイオキシンの発生を防ぐために、基準を満たした焼却炉以外は使用できないことになっていたはずだ。念のため東京都の条例を調べてみた。

【都民の健康と安全を確保する環境に関する条例】
http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/g1011328001.html

焼却炉に関する条文は、「第五節 特定行為の制限」に記載されていて、以下のように定められている。

(廃棄物等の焼却行為の制限)
第百二十六条 何人も、廃棄物等を焼却するときは、ダイオキシン類(ダイオキシン類対策特別措置法(平成十一年法律第百五号)第二条第一項に規定するダイオキシン類をいう。)等による人の健康及び生活環境への支障を防ぐために、小規模の廃棄物焼却炉(火床面積〇・五平方メートル未満であって、焼却能力が一時間当たり五十キログラム未満の廃棄物焼却炉をいう。以下同じ。)により、又は廃棄物焼却炉を用いずに、廃棄物等を焼却してはならない。ただし、規則で定める小規模の廃棄物焼却炉による焼却及び伝統的行事等の焼却行為については、この限りでない。

また、東京都環境局のウェブサイトには、「野焼き・焼却炉」の見出しで、問に答えるという形式で、焼却炉の使用規制に関する記事が載っている。
https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/faq/incinerator.html

大黒天堂横で使われている焼却炉は、どうみても基準に適合しているものとは思われない。また伝統的行事で使うことを目的としたものでもなく、ゴミを焼却するためのものと言わざるを得ない。この場所は、上野寛永寺が所有する私有地ではあるが、宗教法人といえども条例を遵守する必要はあるのだろう。
posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 00:49 | ■里ふくろう通信

2014年09月18日

「K'MoPA」のドアノー写真展「パリ・アルプス・幸せな時間」

スケッチ集『空のかたち 風の色』には、61点の絵がおさめられている。その中の57番目の絵は、パリのカフェ「La Tartine(タルティーヌ)」の店内を描いたものだ。

フランス語でタルトと言えば焼き菓子のことだが、タルティーヌは薄切りのパンをトーストしてその上にいろいろな具材をのせた軽食のいいで、それがそのまま店名になったという。パリで万博が開催された1925年に開店したというから、すでに90年ほどの歴史を有する。

このカフェ「ラ・タルティーヌ」の雰囲気について、喜一さんはこのように語る。
『天井が高く。カウンターもいい。地下にあるトイレも当時のパリを彷彿とさせる。庶民的で気取りのない店。僕はいつも通うこの店が好きである。』

この雰囲気を好んだ人がほかにもいる。パリの街を隅々まで歩き回り、多くの写真を残したロベール・ドアノーだ。彼もこのカフェに足を運んだという。ドアノーの写真集の中にこの店が写っている写真がないものかと、手元にある「ROBERT DOISNEAU PARIS」(Flammarion刊)で探してみたが残念ながら見つからなかった。

会期は残り少なくなったが、現在ドアノーノ写真展が「清里フォトアートミュージアム」で開催されている(9月29日まで)。ドアノーノ写真展は、2012年に東京都写真美術館で「生誕100年記念写真展」が開催されているが、今回の写真展では、日本で初となるアルプスの写真が展示されるということなので是非みたいと思っていた。しかし、清里はいかにも遠いうえに酷暑の日々が続いて、なかなか行く機会を得られなかった。

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ようやく暑さも衰えを見せ始めた9月初旬、延び延びになっていた墓参りを終えてから、八ヶ岳山麓まで足を延ばしてアカイヌ山荘のお世話になることになった。そこからなら清里も近い。

「清里フォトアートミュージアム」が建つ場所は、その寂然としていることに於いて想像を超えていた。清里ライン(141号線)を折れて入った道は、走るにつれて人煙を離れ、果たしてこんな山深いところにミュージアムがあるのだろうかという疑念を生じさせるには十分すぎるほどだった。ヘアピンカーブを曲がり、トウモロコシ畑を切り通した道に入り込んだときには、両側から背の高い樹木が迫ってくるような圧迫感に襲われた。そして坂を上り詰めると急に視界が開け、確かにそこに「ケイ・モパ(K'MoPA)_清里フォトアートミュージアム」があった。

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posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 23:00 | ■里ふくろう通信

2014年09月17日

旅する建築家こと鈴木喜一さんのスケッチ集『空のかたち 風の色』

旅する建築家こと鈴木喜一さんが急逝したのは、昨年の7月30日のことだった。生前計画していたスケッチ集は、残念ながら日の目を見ることはなくなってしまったが、このたび喜一さんの遺志を受け継いだご遺族の尽力により出版の運びとなり、出版記念展『空のかたち 風の色』が神楽坂のアユミギャラリーで開催された。また早稲田スコット・ホールギャラリーでは、氏の夭折したご子息と一緒の写真展『二人の旅人』も開催された。

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喜一さんが多才な人であったことは、以前にもふれたことがある。建築家でありながら、絵を描き文章をものす旅人でもあった。今回上梓されたスケッチ集は、そういう氏の長年(2001年〜2013年)にわたる多面的な活動の軌跡をまとめたものである。文章を左側のページ、右側にスケッチを配すという構成は、それぞれが相互に補完し合い響き合って、世界の街角から辺境までの旅心を「ふーらり」と醸し出している。

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『空のかたち 風の色』
著者:鈴木喜一
発行:2014年9月
企画編集:アユミギャラリー
装丁:浅海泉
発行者:秋山俊和
発行所:秋山書店

posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 23:34 | ■里ふくろう通信

2014年09月14日

彼岸花が咲いた

彼岸花が咲いたと夫人が教えてくれた。庭に下りてみると、一輪だけだがたしかに咲いていた。今年の秋の彼岸入りは9月20日なので、彼岸の入りを待たずほぼ一週間早く咲いた。今夏の猛暑の影響なのだろうか。

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過去の記事で咲いた日を確かめてみた。
2013年:9月19日
2012年:9月24日以前
2011年:9月15日
2010年:9月17日

2007年3月に開設「里ふくろうの日乗」は、思うところあって去年の8月末で終わりとした。そしてこの「296通信」を始めたのが、10月に入ってからだった。その空白の1ヶ月は「里ふくろうコム」の「里ふくフォト草子」(現在)に写真と簡単なコメントを載せていた。だから去年の彼岸花に関する記事は、その「里ふくフォト草子」に載っている。

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2013年9月19日
『彼岸花が咲いた』

彼岸花が咲いた。秋の彼岸の入りは明日20日。
今日は子規忌。春の終わりに、「いちはつの花咲きいでて」と詠んでから、半年足らずして命が尽きた。

彼岸花燃えて咲きいで子規が逝く

http://sato296.com/modules/myalbum/photo.php?lid=236
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9月19日は正岡子規の命が燃え尽きた日で、ちょうどその日に彼岸花が燃えるように咲き出したのだった。ちなみに「里ふくろうの日乗」の2012・11・10年の記事は以下のようなものだった。

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2012年9月24日
『彼岸花が咲き始めた』

9月に入っても暑い日が続き、このぶんでは秋の彼岸を過ぎても暑さは残るかもしれないと思っていたところ、彼岸に入ってから急に涼しくなってきた。どんなに夏が暑くても、彼岸が来ればやはり暑さは遠のく。庭の彼岸花も、いつの間にか咲き始めていた。なんだかんだ言っても、自然は季節の帳尻会わせがうまい。

だしぬけに帳尻合わせて彼岸花

http://fukulog.sato296.com/article/58494728.html
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2011年9月15日
『彼岸花が咲いた』

もうすぐ彼岸の入り(9月20日)だというのに、相変わらず暑い日が続く。今日も熱中症で倒れた人が出たそうだ。そんな暑さの続くなか、庭の彼岸花が、彼岸の入りを待たずに咲き始めた。

http://fukulog.sato296.com/article/47965477.html
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2010年09月17日
『彼岸花が咲いた』

台風9号が日本列島を横断したあと、猛暑は少しずつ衰えを見せ、先日の激しい雷雨の翌日からは、朝晩はめっきり過ごしやすくなってきた。もうすぐ秋の彼岸の入り、猛暑の夏が長引くと思われたが、隆盛を誇った酷暑の夏は思いがけない速さで遠ざかり、寒さ暑さも彼岸までの言葉通り、秋が急ぎ足で近づいてきた。

お彼岸の入りまではまだ少し間があるが、庭に彼岸花が咲いた。例年より早く咲いたと言いながら、夫人が教えてくれた。

http://fukulog.sato296.com/article/40783778.html
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posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 15:22 | ■里ふくろう通信

2014年09月10日

Where is the super moon ?

不忍池のほとりを歩いている時のことだった。不意に声をかけられた。太い声だった。
「Where is the super moon ?」
とっさのことですぐ理解することができなかった。再び、「super moon」という言葉を聞き取ることができたとき、やっと訊ねられていることが分かった。しかし、雲がかかっていて月が見えないということを英語でどのように説明したらよいのか。

まず浮かんできたのが「cloud」という単語だった。それを使って英文を組み立てていけばよいのだろうが、残念ながら当方にはとっさにそれができるほどの英語力はない。仕方なく空を指さして、
「くも…cloud」
と言ってみた。その一言でどういうことか分かったようで、小柄でガッシリとした体躯の男は、
「ありがとうございます」
と言って去って行った。

その時の空は一面雲で覆われていたが、時々その雲が切れて月が顔を出すことがあった。辛抱強く待っていればスーパームーンを観ることはできたのだが、そのことを教えてあげることはできなかった。欧米でも「月見」という習わしがあるのだろうか。

9月8日は中秋の名月、翌日の9日が満月、そしてその日の月はいつもより大きく見えることからスーパームーンと呼ばれているそうだ。そのスーパームーンを観るために、男と別れてからも雲が切れることを願いながら、再び池のほとりをぶらぶら歩いてまわったのだった。

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posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 23:50 | ■里ふくろう通信

2014年09月03日

弁天島_大黒天堂の子猫

夏のある日、見頃を迎えた不忍池のハスの花を撮るべく辯天堂に行ってみたときのこと、大黒天堂の近くに子猫の姿が見えた。公園内で暮らす飼い主のいない猫たちは、ボランティアの人たちによって避妊・去勢手術が行われているのだから、子猫が生まれるということはあり得ないことなのだが、いったいどういうことなのだろうか。

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後に公園の猫事情に詳しい人から聞いた話では、こういうことだった。「動物の遺棄・虐待は犯罪です」という注意書きが公園内に設置されているのにもかかわらず、猫が公園内に捨てられることがある。そういう不幸な境遇のとあるメス猫が、当初は不忍池の東側で暮らしていたのだが、性格の強い親分肌の猫に迫害されて弁天島に逃げ込んだ。ところがそこには未施術のオス猫がいたのだ。若くてかわいいメス猫はすぐに身ごもり、約二ヶ月後に4匹の子供が生まれた。

大黒天堂の横に見えた子猫は、その時生まれた子猫のうちの一匹にちがいない。子猫は鉄柵の少し内側にいる。人が近づいても、奥の方に逃げれば捕まえられる心配はない。親猫は、子猫の安全を確保できる場所を選んで出産したということなのだろう。

鉄柵にこんな注意書きがあった。
『猫にエサを与えないでください
 糞などが参拝者への迷惑となっております
 不忍池 辯天堂』

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体の大きさからすれば、そろそろ授乳期を終えて親離れする時期を迎えているように見える。親離れしたばかりの子猫たちは、どのようにすれば生きるためのエサを確保できるのだろうか。保護することができれば子猫たちを救えるのだろうが、身を隠す場所があって、まだ人間に慣れていない警戒心の強い子猫を捕まえるのは至難の業のように思われる。

『糞などが参拝者への迷惑となっております』ともあるが、その場所は参拝者の通り道から横に外れたところにある。また、子猫のトイレは鉄柵の内部の奥まったところにあるのではないかと想像されるから、参拝客の迷惑になっているとは考えづらい。

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そして末尾には『不忍池 辯天堂』と記されている。辯天堂は寛永寺の堂宇の一つであることを考え合わせてみれば、何とも無慈悲な仕打ちではなかろうかとも思われてくる。

ちょっと歩を進めてみると、足音を敏感に察して、子猫は大黒天堂のきざはしの方に逃げて行った。そしてその下には、小さな黒猫がちょこんと座っていた。

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posted by 里実ふくたろう(福太朗) at 01:05 | ■里ふくろう通信